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2016.01.05 (Tue)

ビデオゲームが芸術になる瞬間

ビデオゲームが芸術になろうとしている。
私は初めて知った芸術的といっていいゲームはThe Graveyardだった。当時Steamにおいてほとんど存在しなかった芸術表現を試みるゲームであったが、第一印象は「おばあちゃんが歩いて死ぬゲーム」という字面の面白さだけだった。

The Graveyardはおそらく望んだ形でないにしろ多くの評価を得た。タイムアタックに挑戦する人間や、何百時間と起動し続けて自らのおばあちゃんへの愛を表現するものもいた。内容の良し悪しはともかくとして、アクションもない、物語もないゲームが世間に認知された。

それ以降Dear Etherやいくつかの作品が登場し、少しづつだがゲームで表現する芸術というのがジャンルとして育ちつつあった2013年。大きな変化が一つのゲームによってもたらされた。

それまでの芸術的ゲームはあくまでゲームという形で表現されただけの芸術であり、そこにゲームとしての必要性はなかった。映像作品でも同じ事が不可能ではないものがほとんどで、違う点といえばその長さくらいなものであった。

だが、そこにThe Stanley Parableは巨大な爆弾を落とした。選択によって変化する世界、あなたはあなたであり、プレイヤーの行動でゲームは大きく変化する。今まで受け手の思考に委ねられていた作品そのものの変化が目に見える形で表現され、プレイヤーはいやがおうにでも思考をする。娯楽としてのゲームと芸術としてのゲームは相容れないものという発想に真っ向から対抗し、見事成功したこのThe Stanley Parableの成功は新たな芸術の時代の始まりだ。芸術はThe Stanley Parable以前と以降に分かれるだろう。

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